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ぱー
waimai
RisuPon
ぽ
メイ
あやちゃん

制作の話

最近は自分が何をしたいのか、よくわからない。

何が好きで、どんなことに心躍らせていたか、ようわからんくなってしまった。テンションは1日1日の心の持ちようでしかなくて、楽しいこともそうでないことも失敗ばかり。

何をするにもボーッとしていて、集中できない。

欲しいものを買ってもむしろ虚無感を感じるし、お菓子ばっかり食べてしまう。

 

キラキラしたものを失いつつあるのを感じて仕方がない。

いい音楽が足りないのかもしれない。

全部の音楽を惰性で聴いている感じはあるな。すごくよくない。

 

こんなことを書いてもどうしようもないし、ひとまずは自分のためにも制作のことでも書いてみようか。

 

自分は普段映画を作っている。

この時点で、もうちょっと気持ち悪くて、映画ってなんやって気持ちでいっぱいになってるから、普段映画を作っているとかちゃんと言えない。面倒くさいな。

 

それで、今作っている映画は今年の1月頃から脚本を書き始めたもので、卒業制作ということもあり、やったことないことをやってやろうとかいろいろ意気込んで臨んだ作品ではあった。しかし、同時に当時の自分には整理し切れていないことをテーマにしていることもあって、作品の方向性がよく読めていなかった。

で、ずーっといろいろ考えながら、脚本を大きく4回書き直して、撮影に入った。

この撮影が結構しんどい。当たり前なんだけど、すごく言葉を使う。自分が持っている感覚を伝えるのに、ものすごく言葉を絞り出さないといけないし、時には思ってもないことを言って人を納得させるときもある。自分自身がはっきりと言葉にできてないことを、なんとか言葉にしないといけない。これがしんどい。

うるせーやれ。で済むならいいんだけど、長い撮影においてそれをやるとその後の意思疎通がさらに取りづらくなる。

それで言葉にした後、でも結果的に伝わったかどうか、素材を見ても確証が得られない。多分伝わってない。

 

演出ってやつの難しさ。役者との対話のみならず、スタッフとの対話でも、そういうことがすごく起こる。

そうこうしているうちに作品が本来伸ばすべきところがどんどん縮んでいく感覚がある。

 

でも、簡単は話、それはこれがおれの作品だからで、彼・彼女たちの作品ではないからだ。人の制作にそこまで関心がない。

 

だからいつまで経っても、クリエイティブとクリエイティブのバッチバチみたいにはならず、一方的な好みと誤解で作品の制作が進んでしまう。とすると結局、おれが全てを決めてめちゃくちゃに圧倒的なものを作るしかないのだけど、そもそもこの作品はそんなにガツガツしていていいのか?魅力、失われないか?みたいな気持ちもあり、ていうか面白いのかなこれ?みたいな根本の揺らぎもあり、立ち戻っておれが好きなものを作ったらええがな!って思ってみるも、好きなものとか面白いと思うものがなんだったのかよく分からなくなってしまった。

代わりに嫌いなものはどんどん増えてくるし、気に入らないこととか、心の中の暴言みたいなんも、どんどん蓄積されてくるからタチが悪い。

 

いい作品を作りたいとは思っている。

いい作品がなんだかよう分からん。

あれも良いし、これも良い

あれもクソだし、これもクソじゃん。

 

自分の制作において、映像が綺麗だとか4Kだとか、そんなことは死ぬほどどうでもええんじゃ。そんなことよりもっと映さないといけないものがあるじゃん。レンズの歪みだとか、動線だとか、手持ちの揺れだとか、そんなこともどうでもいいんじゃ。

 

そんなことはないんだけどね。

全部めちゃくちゃ大事だし、要はそれをどう使うかって話なんだけど。

 

でも第一義にあるのはそれじゃないよね、そのことをもっと分かり合いたい。

 

綺麗な映像を扱うと、それに見合う本や芝居の魅力を作り出せていない自分の力不足が露呈している、それまでだと言われればそうなのかもしれない。

 

はあ、いや、多分もっと言葉を尽くせる。もっと相手に伝えにいける。

でも今、少しだけ自信がなくなってきてしまった。

 

やるけどな。

 

やってやるけどな。めちゃくちゃおもろいもの作って、見た人のノドチンコ飛び出させるくらいのことはやってやるけどな!クソ!

 

そのためのモチベーションどこいったか!

 

出ておいで〜〜〜〜〜

 

 

精神を病んで、珍しくまともな具体的な言葉を発信してしまった。

もっと言葉はわけの解らない使い方しかしたくないのだけど!タニシ!

 

 

ハブト