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ぱー
waimai
RisuPon
ぽ
メイ
あやちゃん

聴覚・風

耳障りのいい曲が見つからなくてヘッドホンを外した。こもっていた聴覚が解放されて、外の空気の音が新鮮に入り込んだ。

moor mother がかっこいいけど、今は集中して聴けない。こういう時は少し辛い。

中学くらいからずっとイヤホンをつけて、生の音よりも音楽を聴いている時間の方が多かったから、何も上手に聴けない時は泣く泣く外界に耳を捧げるのだ。

目と耳と鼻と口の感覚は顔の内部でぐちゃっと繋がってるから、外の音で、空気の色がよく見えた。生の音には聴きたい音と聴きたくない音、その他どうでもいい音があって、自由に選択することはできない。どうしても世界を何かしらの形で受け取らないといけないので少々窮屈に感じる。これが心地いい時だってもちろんある。

 

そわそわしているのだ。今は。

 

真昼間の御茶ノ水のアスファルトを歩いて、アテネフランセへ友人の映画を観に行く。でもなぜか歩いてる時には、映画のことなんて少しも頭をかすめない。これもよくある。映画館に行く時、映画館に行く道を歩くことが目的になって、劇場のシートに腰をかけてコートや荷物を隣の座席に置いて、フーッと息をついた時にようやく自分が今から映画を見ることに実感が湧いてくる。

 

本日の御茶ノ水の昼間もそんな具合で、終始そわそわと落ち着かずに何かやるべきことを頭の中で探してしまう。スローダウン。それが大事なはず。

アスファルトに穏やかに焼きついた木の影が綺麗だったから撮った。そこからだんだん聴覚が薄れて、目がカメラみたいになった。でも3回くらいしかシャッターを切らなかった。

 

映画を観て、友人と話して、卒業式で着る服を探しに原宿へ出た。その間、仕事の為にいろんな人に電話をかけて、移動しながら、また電話をかけた。

服の方は、結局何も買うことは出来なくて、でもアウトドアショップで見た普段着が少し気に入った。そのまま友人たちとフラフラいろんな店に寄りながら、渋谷まで歩いてきた。道中、寄った店には友人の友人がいて偶然の再会を果たしていた。本当に偶然だったから、僕らにはわからなかったけど、彼らはすごく面白かったらしくとても笑っていた。爆笑っていいな。世の中には見ていて不快な爆笑も数あるけど、幸い自分の親しい人にはそういうのはない。私は特にぱーちゃんの爆笑するのは大好きで、何度見ても飽きない。普段ニヒルな空気のまことが爆笑しているのもとても楽しい。

 

お茶に入った店で、「タバコがやめれたらいいな」という話をした。話は紆余曲折を経て、結果代わりにプールで水泳をやるのが一番いいという話になった。海で泳ぐと得体の知れない生き物がたくさんいて怖いって。最初に思ってたよりも、たくさんの数と内容の話をそのカフェでした。ずっとそわそわしている話もした気がする。

 

ツタヤのクラシックの棚で、ハワード・ホークスは何を最初に見たらいいんだろうとか、フリッツラングは暗黒街の弾痕以外何が面白いんだろうだの、ぼーっと考え眺めてると、初めてあった隣の人にオススメを聞かれた。最初はびっくりしたけど、本当にこの人はオススメを知りたいんだなとわかって話始めた。こういう時スラスラと敬語じゃない言葉、腑抜けたテンションの柔い言葉が自分から断続的に出てくるのに自分で驚いた。自分は一生ちゃんとした敬語とやらを使いこなすことは出来んだろうなと思う。

友人たちも僕の隣にやってきて、彼にオススメの映画を一緒に探した。SFがいいらしくて、三人であーでもないこーでもない言いながら、『2001年宇宙の旅』『ガタカ』『12モンキーズ』の3本を選んだ。「ちょっとヘビーじゃない?」と僕は二人に聞いたけど、彼は「とりあえずこの3本見ます」と言うので僕らはその棚から去った。

僕らも5本映画を借りて、井の頭線に乗った。

 

友人のマツダは、家で核融合炉を作ってしまったゲーマーの少年の話をした。それどうなるの?大学に飛び級とかで連れて行かれるんじゃない?そういう話?

僕は作られた核融合炉がどうなるのか聞きたかったけど、そもそもそれがどんな状態なのかイメージが出来ないし、自分自身がよくわかってないのでそれ以上突っ込まなかった。

 

駅について一人になって、その頃にはとっくに携帯の充電は切れていて、でも夜の音は耳障りが良かった。

 

考えなきゃいけないことも色々見つかったけど、焦って考える気にもならなかったので、そのまま空気に委ねる気持ちで自転車を漕いだ。多分もっと早く漕げる。

車はゆっくり走った方がいい気がするけど、自転車は駆け抜ける為のマシーンだ。中学から続けている自転車通学のせいで、身体も精神もそのように設計されてしまっている。

国分寺から多摩湖線沿いに沿って続く長い広い一本道を、カラカラなる自転車が通り過ぎる。意識は遠い風景の中に散乱して、風って多分こんな感じ。

首に下げた外したヘッドホンが、体をギリギリ離れずに繋げている。

 

明日新居を探しに行くのだけど、角部屋か、窓からの景色がそれなりにいい場所がいいな。いや、ゆっくり眠れる部屋ならなんでもいいかも。

この場所からあの場所に行き、あの人ともこの人とも離れ離れになるのに、自分の中にまだそれほど寂しさも切なさも感じないのは、

そんなに離れる気がしないからかもしれないし、

あるいは、

休みだというのに、あいもかわらずまた映画なんかに首を突っ込んで、やることだらけの日々に頭がいっぱいになっているから。

かもしれない。

 

 

ハブト 2019.3.9