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ぱー
waimai
RisuPon
ぽ
メイ
あやちゃん

浮雲

季節を感じる瞬間というのはいつも少しいやなきもちになります。

窓辺から僕を優しく包み込んでいた日の光がいつのまにか鬱陶しくなりました。梅雨の土砂降りが続いた頃、毎日毎日違う靴をぐしょぐしょにして家に帰っては、一人、靴箱の中にまだ濡れていない靴が何足あるかを数えて憂鬱なきもちになります。ここのところは天気に恵まれていますが、また鬱陶しい日の光です。

今日はたまたま早起きをしたのでこの流れに乗っていつもより早く家を出ます。大学へ自転車を漕いでいると紫陽花がきれいでした。

しばらくして、違和感のために空を見上げるとなんだか印象が違います。つい最近まで餃子の皮みたいに薄く引き伸ばされていた雲は、タネを包んだ後みたいにぼこぼことしており、どうやら夏の雲に変わってきているようでした。公園まで行き、雲をしばらく見ることにします。雲の流れは思ったよりもずっと早いことに気づいて、やっぱり嫌な気持ちになります。気づかないうちに時間を浪費していることをまざまざと見せつけられているようで、残酷で、そういえばもう入学から2ヶ月経ったけどお前調子はどうだ?何か満足ゆくまで形にできたものがあったか?と自問自答が始まります。

そういえば友達の街ではセミが鳴き始めたそうです。一方地元では田んぼにてウシガエルの大合唱が毎晩行われていると聞きました。なんだか『六月』が少しばかり物足りない気がしていたのは、東京でウシガエルの鳴き声を聞いていないからなのだと思います。まったく季節を感じるのは嫌ですが、かといって無いとそれはそれで寂しい気持ちになるものなのです。

6/20 ハルト