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あやちゃん

バースデー・ショートケーキ

マイラブへ

誕生日はなんとなく、孤独を感じてしまうから嫌だな。

誰も祝ってくれないというわけではないのだけど、誕生日はどうしても自分にとって特別だと思ってしまう。でも他の人にとっては過ごすべき人生の1日に過ぎないということとのギャップに、無性に悲しくなる。もういっそのことどっか祝日の少ない月で「国民の誕生日」と名前をつけて国家規模でまとめて祝えばいいのにと思いますが、何はともあれ今日は私の誕生日。誕生日です。生まれてきてよかったな。オギャァ。小川くんという友達が、オギャァと呼ばれていたことがあったな。あだ名ってつけられたことなくて、本名からかけ離れたあだ名で呼ばれてみたかったと思う。でもきっとみんな私が怒ると思ってつけなかったんだろうな。まぁ確かに怒りそう私。

なんとなく、日付が変わるまで起きていた。大切にしたい人達を一人一人思い出した。

人と人が出会って、そして分かれることが、昔はすごく苦手だった。もう21年間も生きているんだから、昔って言い方をしてもいいよね。習い事のキャンプで四日間一緒に過ごして仲良くなりかけたけれど、最後にキャンプファイヤーをしてさよなら、みたいな時には必ず泣いていた。今生の別れというものがとても悲しかった。でも気がついたら、さよならを言ってくる人にはさよならと手を振ることができるようになっていた。そして後ろ姿を見送ることなく振り返って私の道をてくてくと歩いていくことができるようになった。それは悲しいことですか。うーん。悲しいかもしれない。どうせ相手は振り返ってくれないなら、涙を流してもいいし後ろ姿が消えてから歩き出しても遅くないと思う。でも私は私のためにすぐに振り返ってしまいたい。それでいい。どっちでもいい。

でもね。本当に引き止めたいと思ったら、「ちょっと待ってよ」って言っていいんだって今は思う。ちょっと待ってよ、私もう少し君といたいよって、言っていいし、その後ろをついて行ってしまってもいいんじゃないかって思う。

愛って、ショートケーキのいちごのようなものなんだって、思っている。

「はい、あげる」

「ありがとう、伶奈っていちご嫌いだよね。いつもくれるじゃん」

「別に、嫌いな訳じゃないけど」

っていうことなんだと思う。私は自分の行動も言動も全部自己責任でありたいと思っている。だから、愛を与えるときに見返りを期待しないように気をつけている。私は私を削ってもいいかどうかを考えている。自分が居る場所の心地が悪いのは自分のせいだから、自分の寝床は自分で整える。人のせいにしないために私は自分自身をいつも固めてきた。後悔しない自分でありたかった。他人に迎合しない。そのせいで随分傷ついてきたし、傷つけてもきたけれど、その度に少しずつ在り方を更新しながら、結局は無償で愛を与えたい。ショートケーキのイチゴをあげる準備はいつでもできている。でもそれは好きな人にだけです。そんなん全ての人にイチゴなんてあげないよ。「ショートケーキのいちごってさ、最初に食べる?最後に食べる?」みたいな会話をして「うーん最初かなぁ」なんて言いながら最後に食べるよ。

私、強いよ、倒れないから寄りかかっていいよ、期待してくれて構わないよ。

本気でそう思っているけれど、そういう私に対して、淡いピンクや、肌色のイメージも同時に持ってくれる人がどうしても好き。そんな風に思ってくれる人は滅多にいないのだけど。好きです。ありがとう。そういう人たちとの別れがもし来たら、次は悲しいって言って泣きたい。もしそうしたかったら、裾をつかんで離したくない。私はまだ21だけど、もう21なんだ。この先そう思える人がいるかどうかなんてわからないじゃない。

生まれ変わったら、私はまた私になりたい。そう本気で思っている。でもきっと私の人生に関わってきた全ての人がそうでない限り、もう二度と私は存在しないんだろうな。楽しく生きようぜ。ワッショイ。私、なんだかまだまだいい場所に行けそうな気がする。もしかしたら、今まで以上に良い誕生日になりそうな気が、朝からしてる。どうなるかな。みんな、大好きです。これからもショートケーキのいちご受け取ってください。

21歳初日の伶奈