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ある種の趣向

親和性を感じる人について

8/8~9奥多摩にて

親和性を感じる人はこの世に何人か存在していると錯覚?核心に近いものを奥多摩にいると感じたのかもしれない

生きているうちに、少しづつそして確実に自分と親和性を感じる人に少しづつではあるが会って、距離が近くなる、またはあちらから自然と近づいてくる、ある一定の距離まではみんな近づく、最高だなと感じるくらいにはみんななる、そっから、どれだけ近くなるか、それが重要だと思う、決して遠くなりはしない、滅多なことでは。

もしこの人ともっと仲良くなって、さらに仲良くなって友達ではないそれ以上の関係になっていたとしたら、そういう事を考えるのはめちゃくちゃ悲しい事で、考えるのも不毛な事なのだけど、悲しい、悲しすぎて目も当てられなくなる、夢を見ているような心地になる、自分を背後からみていて、自分がその人と楽しく過ごしているもう一つの時系列を見て考えている、夢想している、
その人と飯に行ったりタバコを吸ったり、話したり現実ではする、だろう、それは楽しい、その瞬間は楽しいしかない、ただ、家に帰るとちゅうのタバコを吸っている時とか、1人で喫茶店でコーヒー飲んでタバコを吸ったりしている時とか、夜酒を飲んでいる時とか、音楽を聴いている時とか、ベッドの上で天井をあてどもなくみている時、めちゃくちゃ悲しくなる、意味のない事だとわかっているが、悲しくなる、どうしようもない、どうにもできないし、どうとでもしたくないのは自分でわかっているし、別段、今のままでいるのが一番いいので何も変えたくないのはわかっているのは知っている、けど悲しい、

だから今日も1人で喫茶店に入り、コーヒーを頼みタバコを決めるのだ、いつも通りの黒くてびっくりするほど軽い灰皿に、自分の身を灰粉にしているかのように錯覚して、灰皿に自分を少しづつ落とし、また、忘れようとする、悲しい行為であるとわかっているけど繰り返す、

ここ最近親和性をとても感じてしまい苦しい、高校生までは感じたくないので避けて、自ら遠ざかっていたけど、大学に入ってから、その、楽しさと悲しさが変に心地良くなってしまっている。
今日も喫茶店でコーヒーとタバコを決めて、自分を薫せていく。

2019.8/12 温 大