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新聞カルチャー

親が買っていた新聞というものを、私も買ってみんとてするなり〜

イギリスはかなり新聞カルチャーが根強くて、コンテンツを一部デジタル化している新聞社は多い(そしてもちろん経営が簡単だとは言えない)けども、2019年でも新聞は健在だ。
電車の駅では 朝はMETRO, 夕方からはEvening Standard紙が通勤・通学者を待ち構えているし、有料の新聞もかなり色々とある。ロンドン在住の頃の安永家は、平日はフリーペーパーを私か父が持ち帰って ダイニングテーブルにベンっとその日の獲物のように乗っけていたし(母「ちょいと汚くない?」)、土曜日にはSundayTimesという、新聞の他にもビジネス・ファッション・カルチャー・旅行などを取り扱った冊子が入った、ずっしり重いパックを買っていた。と言うとかなり社会情勢に詳しそうな子娘に聞こえるけども、当時私がTimesの方で目を通していたのは、フェミニストでなんでもぶっちゃけまくるCaitlin Moran氏のコラムと、料理のレシピだけだったので、ちょっと教養があったとは言えない。
それでもやっぱり、冊子が挟み込まれた巨大サンドイッチのような新聞は、間違いなく自分の中では「週末」の産物だったし、(日本に移って)無くなってみて少し寂しいものでもあったので、先週初めて自分でも買ってみた次第。

ちなみに日曜版タイムズ紙は£2.70(375円)するので、たまに60p(83円)の薄い新聞にしかお金を払わない私は一瞬スーパーで怯んだ。(ちゃんとした大人の新聞だーー)

ホステルの部屋に帰って、広げるとテーブル面はあっと言う間に埋まってしまった。これは読みづらいのではと思い、今度は床に引いてあるヨガマットの上に置いてみた(土足な中で、やっぱり平面に座りたいよな〜と思って購入。ヨガはしていない)。広げるとピクニックシートになりそうな4つ折りの新聞の中から、グロスのかかったAERAサイズの雑誌がツルツル出てくる。物としての贅沢感。。。

一番読みたいカルチャー系のmagazineを後に取っておいて、まず新聞に手を伸ばす。
4人部屋の中、他の子達は出かけていて部屋はしんと静かだった。
表紙の記事:肥満による手術の件数が過去最悪・無料の医療サービスが危機、真昼間の電車の中・男が息子を連れた父親ともめて刃物で殺害、大手スーパーM&Sがヴィーガンと偽って商品を販売。読んでる当時は特に思わなかったけども、ゴールデンレコードに投稿するという文脈で考えると、トップニュースはどれも日本ではちょっとないようなものばかりだ。ロンドンはヨーロッパ内でも特にナイフを使った犯罪が多く、まだ今年に入ってから1週間ちょいだけども、死者は10人を超えている気がする。要するに悪い輩と絡んで、結構あっけなく命を落とすことがこの国ではあるんです。あと肥満ね。日本も健康問題でいっぱいだけど(よりメンタル面が多い気がする)、イギリスもだ。日常的に肥満の人が多いとは思わないが、ロンドン内でもエリアによって人の雰囲気や服装が違う上に体型も異なったりするので、そりゃ自分には何もできないけども、ぽっちゃりラインを完全に超えた子供とかを見かけるとなんだかやるせない気分になる。

新聞にザッと目を通して読みたい記事だけを読んだ。時計を見ると2時間すぎてる。へ?
本来の「週末にゆったり新聞」モードからはだいぶかけ離れた気分でmagazineを読み始める。しかも床に新聞を引いて散らばる文字を追うのって疲れる。私は3ポーズ目(テーブル→床→ベッド)に入って冊子を開いた。

全体のテーマは”small changes, big difference” – 寝不足や飲みすぎ、食べ過ぎなど日常生活をぶっ壊したクリスマス・ニューイヤーを終えて、1月はいかにしてリハビリをするかというガイド。でもいきなりジムに週5で通っても続かないから、自分に優しくありながらそこそこ健康を取り戻そうというマイルドなもの。ブロンドのふわふわした料理研究家が出てきてフィロソフィーを語って、レシピを紹介したり(でも彼女の年一の「清掃」期間は意外と激しくて、アルコール、カフェイン、乳製品、グルテンはまだ分かるとして、「ナイトシェード」と呼ばれる元来の原産国が熱帯であるナス科の野菜:トマト、ジャガイモ、ナス、ピーマン、そして大豆まで除外だそう。それいつまでやるん?)、Dry January(禁酒の1月)を始めてみたら全くお酒がいらなくなってしまったコメディアンが出てきたり、と色々なライフスタイルがのぞけて面白いのだけど、圧倒的に良かった、というか大事な記事があってそれはヴィーガンは本当に良いのか?というものだった。
非ビーガンビジネスや消費者を攻撃する乱暴なデモに始まり、結局セレブの間での流行りであったりとか(「だってファッショナブルじゃない?」)、摂食障害を隠すために利用されたり、普通の食生活に比べて栄養のバランスを取るのが難しかったり、動物由来の素材の方が合成繊維より環境に良い、プロテインの量で換算すると大豆を育てる方が牛肉より水を多く使うし温室効果ガスを出す、チリはアボカドの過剰栽培で水不足だし、ペルーやボリビアでは価格の高騰で現地民がキヌアを買えなくてジャンクフードに頼っている、、、etc.etc.
流行というものが怖すぎる。もっと後先考えた上での行動だったら良い方向に行ってたかもしれない。でも流行は勢いだ、考える暇は与えてくれない。大きなお金が絡むからサプライヤーは無理をしてでも、誰かを不当に扱ってでも、ニーズに応えようとする。それをみーーんながやるから影響は半端ない上に、長続きはしない。#MeToo運動のような、総合的には良い(考えれば考えるほどいろんな反論がよぎるけども、ちょっと棚上げ)流行もあるけども、規模が大きくて商業的であればあるほど、それはモラルが削がれたものであったりする。
日本では多くの場合、ダイエットや脱毛とかと同じレベルでしかベジタリアン・ビーガンが語られていない。というかそうしないとビジネス側は消費者を振り向かせられないと思っているんじゃないかな。「痩せる!ヘルシー!」その裏にある動物愛とか、環境への配慮とかそういった思想が表に出てこないから流行りで終わってしまうし、自分の食べる・買うなどの消費活動が何につながるのか、考えられる消費者が出てこない。ただ美味しい、ただ綺麗、ただ面白い。もちろんそういった文化も当然あるべきだけど、背景と未来を考えてない消費活動にはちょっともう飽き飽きです。
ただこの記事で触れられてなくて、私が個人的に一番押してる理由として、食生活を変えていかないと人口の増加と肉・魚の供給が吊り合わないということがある。今もう既にマグロとか、日本産のウイスキーがそうであるように、物理的に足りなくなってしまう。今自分たちが食べまくって、これからの人達には残さないなんてあまりにも品がないし、道理が通ってない。だから私はベジタリアンでもビーガンでもないけど、肉・魚はたまに、良いのがあったらくらいの頻度で食べてます。そうすれば、当たり前だけど私個人が消費する量は少なく済む。そういえば実家では毎晩鳥、魚、豚、魚、牛という風にプロテインを回していってた。私と母だけなら植物系のタンパク質でもハッピーなのだけど、弟と父は肉が欲しいらしい。肉がないと満足感が得られない。確かに肉に含まれる旨味成分とか油は美味しいの王道だけど、それが頂点ではないと思う。ここで食の未来を感じるのは発酵とか、新技術とかではないけど、既存の食材を違う次元に引き上げる調理法だと思う。NOMAの発酵食についての研究とレシピ本を読んでいるのだけど、世界中の様々な発酵食を取り上げていて、コンブチャや麹、ブラックフルーツやお酢など、メインストリームではなかなか登場しない発酵食から、発酵大国の日本では馴染みのある食材だけども、レパートリーを広げてこなかったものなどまである。日本では発酵が既に流行っている感じがあるが(甘酒や塩麹ね)、まだまだ和食に限らず色々な料理とフュージョンさせられると思うし、他にも世界の発酵食はたくさんある。そうやって色々なオルタナティブを紹介していくことによって、ベジタリアン・ビーガンも美味しい生活へ、普通の人も美味しく肉の消費量を減らせるはずだ。

なんだか結局食の話になってしまったけど、未来について考えるのは好きだし、まだデザインが成されていないと思うとワクワクする。
未来について考えるための材料と時間を与えてくれるから、分厚い新聞は良いのかもしれない。

HAZUKI

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