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あやちゃん

消費者の朝

渋谷の街を空腹で歩き回っていると、非常にセンチメンタルな気分になってしまう。

しかも今日はゴールデンウィーク。公衆トイレみたいな街を観光客と東京中の人+aの人達が埋め尽くす。
どんなに一流の西洋風インテリアで演出された店でも、和の伝統から滲み出る味な店でも、一歩踏み出ればこの光景である。
そもそもその店が入っている建物からして悲惨ではあるのだが。
こんな雑な消費文化はいやだーー
何を好き好んでみんなインドネシアとかの低賃金工場で作られた化学繊維の服を買って、長い行列に並んで今流行ってる即欲を満たす系のスイーツを食べるのか。
何を好んでストーリーの全くない平べったい物を履いたり、被ったり頬張ったりしているのか。
答えは簡単で、そこには「好き好んで」という判断プロセスはなく、そもそも考えるための情報が表に出ていないから。
アディダスの靴はどこまでもアディダスの靴で、そのパッケージには生産者の顔も、素材の産地も出ていない。
それは果たして悪いことなのか。
良い悪いを白黒で判定できる様な問題ではないが、
少なくとも鈍い消費者ライフだとは言えそうだ。
自分の小さな世界が幸せなものであればオッケー。効率の良い稼ぎ方。便利な衣食住。美と富。
温暖化が進むのに伴い異常気象が見られたり生物が絶滅したり、一生分解されないプラスチックが陸でも海でも生物に害を与えたり、しかもそれに関して国を動かす政府は何もしていなかったりするのに。
私にだって無知と無関心の罪はある。
そういう正義に熱いことは大体ダサいなという冷た過ぎる目で見て「何もしてないのに批判する」ということもしてきた。
でもそんなぼんやりしていい時は終わったのだと感じるし、
受け止め方はデザイン1つや人1人で変わるということも分かった。
大きな理不尽とやり合うには知識と仲間が必要だということも。
29.4.2019

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