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ぱー
waimai
RisuPon
ぽ
メイ
あやちゃん

たどる水滴、バスの底

寒くて、バスの窓が結露していた。小さな水滴を指で誘導してもう一つと、もう一つとくっつけて、ぎりぎり窓にしがみついてるそいつを、ツンとつつき落とす前に、バスの振動がひと足早く、楽しみを奪っていった。

もう一つと、もう一つと、もう一つを誘導して。くっつけて。つつき落とすの。落とした先は、シャワーカーテンの内側、一人暮らしのうちの、ユニットバス。お湯の中。もう一つと、もう一つと、くっつけて、誘導して、白い壁を伝わせて湯けむりの中。

もう一つと、もう一つと、って水滴と遊んでいたら、ああ、これ、私はお風呂場の中で何回やってきたんだろう?

私は風呂釜が好きで、濡れたのも乾いたのも好きで、高校生の時なんかは、怒られたときへこんだ時、お湯の張ってない乾いたお風呂にうずくまっていたなあ。保温するための、あの、お風呂の蓋、っていうの? あれを内側からがんばって天井に引いて、暗い中、風呂釜の底に耳をつけて、体を一心に冷やしていた。つるつるの白い薄暗い底は私の安心だった。こんな奇妙なことをこの歳になった今でも続けている。不安になった時、体がぴったりと収まる、あの入れ物のことを考えてはやり過ごす。

風呂釜の中は、なんの匂いもなく、音もなかった。たまに冷たい耳の向こう、釜の底から、水の細く流れる音が聞こえた。首も膝も折り曲げて、目を閉じていると、だんだん体温で風呂桶の中があたたまってきて、それにハッとして、すごすごと這い出る。乾いた風呂釜、それは冷たくなければ、要らない。

久しぶりに外出して、服らしい服を着てバスに乗った。行きは友達と乗って、だけど帰り、彼女は用事があるからと言って、うんと前の停留所で降りてしまった。しかたなく私は一人でバスに揺られる。車内のつり革はすでに人の手で埋まっていた。私はだれかの息の中のような空気を避けるように、入り口のあたりに立った。気づいたらもう夜だった。窓は車内を反射していた。

車道の不規則な揺れでふいに、背中に人の重みと温かさを感じた。それはすぐに引いていったけれど、心臓は脈をはやくした。これ以上、揺らがないように、息を詰めて、窓に映った自分の目、目といっても目のもっと、目に映る自分の目の瞳孔を見つめる。人の匂いはバスの揺れに比例して増すかのようだ。息が苦しい。ああ、お風呂に、お風呂に入りたい。

電車が停留所に滑り込む。ドアが開き、一瞬の換気の、冷たいすかっとした外気に引き寄せられて、焦るように人混みをかき分けた。icカードをかざし、そのままの勢いで降りてしまう。後ろでドアの閉まる音がした。こんなの、何回目?

閑散としてさみしい通りだった。息を整えて、バス停のベンチに横たわる。頬を、耳をベンチで冷やす。つるっとしていて、硬くて冷たい。お風呂に似ているな。でもここは少し野外すぎるなあ。やっぱり、これじゃなくて、ああ、お風呂に。お風呂に。そういうことを、ベンチの傷を眺めながら考える。バスが何本か、背中で止まった音がしては、流れていく。何人かの降りた人が私を心配がるように見ていく、でも声はかけられることはない。去る背中を見てほっとする。それでいい、それでいいよ。おやすみなさい、良い夜を。

「大丈夫ですか」
うっすらと目を開けると、目の前におまわりさんが立っていた。私は無視してまた目を閉じた。次のバスが近づいてくる音がする。
「具合悪い?」
しゃがんだのだろうか、おまわりさんの体温が、振動になってわずかに肌に触れた、瞬間、反射的に目を開けてしまった。身震いがした。

◯男1、体をひきながらゆっくりと立ち上がる。
女1「大丈夫?」
男1「あ、ごめえん。全然、だいじょぶ」
女1「本当?」
男1「うん。なんかちょっとめまい的な」
女1「ああ」
男1「でも寝たらよくなったからあ」
女1「帰れる?」
男1「うん、これで帰るー」
女1「気をつけてね」
男1「ありがとー」
女1「はーい」

◯女1はける。男1、中央。つり革を掴んでいる。
男1「お風呂、はやくお風呂に入りたい。乾いた、冷たい、なめらかなユニットバスの底で、耳を冷やしたい。下に流れる静かな水のちょろちょろを聞いて、つぶっても開いても曖昧な白に、反射する、私の温度だけにびっくりして、風呂釜の匂いを嗅ぐの」

◯女2登場

女2「おお。寒」

男1「お風呂はいいよね。乾いていても、濡れていても。たとえばお湯を張って、湯けむりの中、壁の水滴を、一つ、もう一つと、指で誘導して、」
女2「寒くて、バスの窓も結露していた。わたしはその窓に、指でねこちゃんを描く。水滴が垂れていくから、すくうように、指で誘導する」

◯女2、男1と向かい合い、人差し指に人差し指をくっつける。指は離れず、一枚のガラスがあるように、水滴を集める動き。

男1、女2「水滴を、一つ、もう一つと、もう一つ、」

女2「誘導して、大きくなって、ぎりぎり窓にしがみついている水滴を、ツンとつつき落とす前に、」

◯男1、はける。

女2「バスの振動がひと足早く、振り落としてしまった」

◯最初に戻る。エンドレスに続く。

 

 

2018.11.18 鮃