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ぱー
waimai
RisuPon
ぽ
メイ
あやちゃん

どこに行っても君が好きさ

「走り続けろ。」の千秋楽のあと、メンバーで飲み屋に入った。打ち上げをして、目の前の光景を、夢のように思った。隣にもたれかかってくる体温を、確かに「友だち」だと思った。

 

話は変わるけど、みんなって自信ある? あるのかな。わたしは全然ない。
毎公演後のピクニックで「俺の演劇はすごい面白いよ」と言っていた彼を、わたしは心底うらやましいと思った。美しいなあと思った。

実家にいた頃、何かの折に、母に「自信ってどうすればつくと思う?」って聞かれたことがあって、それに対して「いやわかんないな。わたし自信ないし」と答えた記憶がある。「え、そうなの。たくさん賞取っていろんなことして、ありそうなのにね。自信」みたいな返答をもらった。

自信ありそうなのにね。結構言われる。確かに作品ごとには、自信があるものもある。でももっと深くの、根底の自信、自分への根拠のない自信みたいなものが、枯れている。そんなもの元からあったのかも怪しいが、とにかくそこだけすこんと抜け落ちている。

わたしは無条件に、誰かと関係を持つことを許されているのだろうか? と寝る前に思う。毎晩誰かに向かって、許してほしい、と漠然と思っている。誰に向かってなんだろう。

例えば、条件がなければわたしは人と付き合うことができないと思っている。条件、それは、性別であったり、外見、内面、わたしの作る作品、能力のことだ。

例えば、一度わたしの綺麗な上澄みだけを見せてしまった人の目の前からはすぐに消えてしまう。永遠にいいところだけを見せていたい。プライドだけがクソ高い。

例えば、作品の感想を見るのが苦手だ。攻撃を受けたら防ぎようがないから。作品を晒すということは、誰かと対話することだけど、どこか人との関わりを全身が拒絶している。

 

受け取るに値しない人間だから、まだ準備が整っていないから。あと一ヶ月待って。あと半年待って。あと一年待って。って。どこまでも約束を先送りにしてしまう。本当は受け取るのが怖いだけだ。未来の自分に勇気を託して、約束して。その未来は訪れることなく、過去の自分に失望して、破られてきた自分自身との指切りの数を数えて、ふがいなさに何度も涙がでる。

褒め言葉を拒絶してしまう。褒められると、褒めさせてしまってごめん、と思ってしまう。誕生日を祝われるのも苦手だ。誕生日を祝うのがむしろ好きなのは、純粋な祝福の気持ちと、自分ごとではないから気が楽という気持ちがあるからだ。「おめでとう」を受け取るのにはスキルが必要だ。

教授にはすでに強烈な自己否定をたぶん見抜かれてしまって「お前さんは絶対自分のこと否定しないこと」と声をかけられてしまった。別れた後、ボロボロに泣いてしまった。自分の作品をではなく、自分のことを否定しないこと、ごめんなさい、それってどうしたらできますか?

わたしは色んなことができない。できないけど、できなくても幸せになれるってこと。できないことをできるようになるまで幸せをお預けしてはいけないこと。今の幸せを享受する覚悟を決めないといけないこと。を、いい加減、いい加減、身を以て知らないといけないなあ。

わたしは大学を卒業するまでに、祝福受け取りスキルと、根拠のない自信を、手に入れなければいけないんだと思う。作品を何個作るよりも、何本文章を書くよりも、これを大事にしないといけないんだと思う。何年もこの件で苦しんでるのに、あと一年でどうにかなるのか? とも思うけど、ほんと、こればっかりは頑張りたい。頑張んなきゃいけないんだ。カメラの前、真っ正面から笑えますように。好きな人間からの好意を、臆せず受け取れますように。自分のこと、どこまで行っても信じられますように。

 

はいからいきゅねんいっけんどし
うつつうだらんうってんだゆ
生きているだけで君が好きさ
どこに行っても君が好きさ

いけいけいきとし GO GO 可愛い君よ
いけいけいきとしGO GO
GO GO GO GO GO GO GO GO GO君よ
(そのいのち/中村佳穂)

 

 

鮃 2018.11.26