画像の説明
ぱー
waimai
RisuPon
ぽ
メイ
あやちゃん

「名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。」
「ひらのめいです。めいは、明るいの一文字で。」

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ずいぶん自由な世界になった。いや、もともと世界というものは自由だったのかもしれない。小学校ほど生きにくかった場所はない。それが中学、高校、大学と、触れる人と情報の数が増えるにつれて、私の世界も広くなっていった。私、来年の三月に卒業するらしい。今立っている8月は、学生と学生ではない人のあいまだ。ここから見える景色は、社会という名前の、広々とした世界。それは想像以上に自由な場所だった。自由の風が吹いていた。一歩前を歩む人たちが、起こしていた風だった。

まだまだ不自由さもあるけれど、前よりずっと生きやすくなっていると感じる。どの職業についてもいい。どの性別と付き合ってもいい。結婚しても、しなくてもいい。どんな服を着てもいいし、どこへ行ってもいい。単純に選択肢が増えた。そしてどれを選んでも、誰かに咎められることはない。時代は変わった。誰かの功績の上に私は立っている。この自由に、感謝している。

しかし結果として、私は自由すぎる自由の真ん中で立ち尽くすこととなった。これまでの人生、私を縛る人や仕組みとの戦いしかしてこなかったからだ。内側から外側へ出る、狭いところから広いところへ出る、不幸せだから幸せになるために頑張る。これが原動力で、私の力だった。さて今やこれがどうだろう。私は、幸せなのだ。誰かに縛られもせず、過去最大に広大で、内側も外側もない、真っ平らな自由に立っている。

この自由な世界で、私は一人で何ができるだろうかと彷徨ったのが、去年の夏やすみだった。私のことを誰も知らない土地へ行って、ゲストハウスで住み込みで働きながら、残った時間で図書館に通い、本を読むという生活をした。

結果、何も得られなかった。ただ以前よりも自由を巨大で恐ろしいものに感じて帰ってきた。その日々はもがいたつもりだったのに、知らん土地で本を読んだだけだった。まともなアウトプットもできず、掃除をし、本を読み、無為に眠って、規則正しく朝と夜を迎えた。手を伸ばした自由に突きつけられたのは、自分の無力さと存在の小ささだった。

期待していたのだ。私の軸は私にあるということを。人は何かしら拠り所がないと生きていけない。その確固たる指針みたいなものが自分にあると期待していたから、ひとりでも大丈夫だとその地へ飛び出して行ったのだ。しかし無かった。ぐちゃぐちゃにプライドを砕かれて、からっぽになって東京へ帰った。「お前はひとりでは生きていけない」という烙印を、最後にぽんと押された気分だった。

でもひとつだけ、私を守ったものがある。
それは、「人は何かしら使命を持って生まれてくるのだと思う。」という母の言葉だった。私が中学生の時だったろうか。たぶん夕方で、家には女二人しかいなかった。母はピンクのゴム手袋をしてお茶碗を洗っていた。母を目の端に、制服を来た私は何ともなしに聞いていた。
でも気づかないうちに、胸の底で小さく火を灯し続ける言葉になっていた。「人は使命を持って生まれてくる。」何か節目の度にその言葉は頭をもたげ、私に問いかけた。私はそれに答えようと、20を過ぎても東京に来ても、両手をひらいて縦横無尽に刻まれた皺の中に、その使命を見ようとした。でもそう簡単には見つからなかった。掴んだと思ったものはたいてい誰かの言葉で、すぐ風化した。

軸がないのだ。
「好きな色は何? 理想の人は誰? 将来の夢は?」この手の質問に対して、いつも真反対の性質の答えが2つ頭に浮かんでしまう。たとえば、好きな色なら青と赤。理想の人なら、親しみのある明るい人と静かな孤高の人。好きな場所なら、大自然と大都会。どちらも本心で、同じぐらい大事に思っているのに、二つ挙げると「ひとつだけね。」と、最高の一つを求められる。だからいつもひとつに決められない自分を、軸がないな、ブレるなと思っていた。

私の使命は何? 私の軸は何? 私を自由から守る、確固たるコンパスは何?
たくさんの選択肢の中を迷いなく漕いでいけるような、何もかも失っても最後まで胸に残るような、決して言い間違えることのないような、私の口から出た言葉が欲しかった。それひとつさえあれば、なまあたたかい自由に飲まれずに、選択という名前の、輪郭のある自由を固く手に、どこまでも生きていけるだろう。

何か失敗すると、「経験がないから。」と私の先生は言ってくれる。これは嫌味ではなくて、「蓄積された経験の中に共通項を見出して、だんだんと本質的なことが分かるようになってくるから。」という意味だと捉えている。だから個人の軸というものも、これから人生経験していくうちに、きっと『だんだんと』分かってくるのだろう。今はまだ学生だから。22だから。社会経験もないし、人間関係も浅いから。分からないのだ。
でもこれは本当だろうか、裏を返せば、私には22年分の歴史があって、自分のことを22年分信用しているし、明日以降も生きていくだろうと信頼までしている。『だんだんと』を待っているうちに私は死ぬと思う。今、手がかりが欲しい。自分の指針は自分の生きてきた時間の中に埋まっているはずだった。だって、私と私の付き合いは22年分なのだ。

ノートを買って、ペンを取る。思い出せるぎりぎりの、2歳ぐらいからひとつひとつ思い出す。住んでいた家の様子、外の環境、憧れの人、好きな食べ物、心地いい場所、好きな人、将来の夢、将来の職業。2歳から22歳まで、淡々と事実を書きだしてみる。そこに共通項や特徴、傾向を見出して、カルテのようにできるだけ客観的にまとめる。昔の自分と対面するのは嫌だし恥ずかしいし、思い出す作業はとにかく時間がかかる。でもひたすら手を動かす。「何がやりたいか、何者になりたいか」のそれ以前の、もっと原点の、私の衝動、主題や使命が眠る小さな部屋に、たどり着きたいという思いのままに。

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私は、
青と、赤が好き。
親しみのある明るい人と、静かな孤高の人が好き。
大自然と、大都会が好き。
非日常をくれる父と、安心をくれる母が好き。
ひとりの時間と、クラスでの熱いディベートの時間が好き。
丁寧に作っただし巻き卵と、宅配のコーンピザが好き。
雑木林の中で駆けずり回るのと、家で絵を描くのが好き。

そもそも東京に来たのは、すさまじい反骨精神と、とめどない好奇心があったから。憧れるのはいつだって媒体になる人と、媒介をする人。高校は文系から理系へ移動したし、大学はデザインからファインへ移動した。詩が好きだし、新書が好き。頭悪い会話がしたいし、生産的な話がしたい。感覚的に分かり合えるから動物が好きだし、科学的な圧倒的正論のデータが好き。
青も赤も、好きなんじゃなくて、青と、赤が好き。青と赤だから好き。
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片方だけだと足りない。片方だけだと息がつまる。二つを行き来して、やっと私は私らしくいられる。二つの顔を持って、二つの世界を、同じ熱量で行き来すること。完全に混ざり合った中性に停滞するのではなく、男性と女性を行き交うように。紫色ではなく、夕方の空の、赤と青のグラデーションの移りのように。偶然だろうか、思えば血液型はAB型だった。星座も双子座、双子の神話がある星だ。軸がないなと思っていたブレる感覚が、そのまま私の軸だった。吸ったら吐かないと死んじゃうように、2点の行き来がないと死んでしまうのが私だった。

ハッと気がついて手を止めた。「メイちゃんって、太陽と月みたいな性格だよね」と友人に言われたとき、どうして気づかなかったんだろう。心臓が止まるかと思った。

私の軸は、私の名前にあった。名前そのものだった。「確固たる私らしさがない、軸もスタイルもない、どちらが本当の自分なのか分からない。」そう愚痴をこぼしている間も、居場所を探しに遠い土地へ出向いている間も、私の名前はさまざまな誰かに何度も呼ばれ、私はそれに何度も返事をし、生まれてからずっとずっとそばにいたのに、気がつかなかった。

長い物語の最後のラストシーンのように、断片的な出来事が走馬灯のように頭を巡った。今まで苦しんでいたことが、全て自分の名前にぴったりと収まって落ち着きを取り戻した時、引き換えるように今度は涙腺が一気に決壊して、記憶を書き付けたノートの上で、しばらく泣き止むことができなかった。

 

2019.08.30 uo