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あやちゃん

毎週日曜、あそこで芝居があるってよ

「ぎゅっと小さくて高カロリー」って文を書いたんですが、なぜか投稿したそばから消えてしまいました(なんでだよ)。えーん。ツイッターのリンクから飛んだのに、記事がねえじゃねえかテメエってなった人、すみません。モノが人に強いる管理の話をしたかった。はした内容ではあったけど悲しい、バックアップは取るべきだ。うう。

 

消えてしまった代わりに、今月末の演劇について話します。

 

じゃ〜ん!

1月29日に、「みみをかして」という一人芝居をすることにしましたー。

 

前から、「毎週この時間、ここにくれば芝居やってる」って場所が欲しいと思っていた。練りに練り上げて一週間かそこらでドッカンと打つ公演も好きだけど(てかそれしかやってこなかったのだけど)、でも「いつもそこにある」という言葉がいよいよ、いよいよ必要になってきたように思う。

 

力を一定期間集中させて爆発させる、ということは、本当に疲れるものだ。人を集めることも、場所をとることも、練習することも、ただ上演の一瞬の成功を願って、ジプシーのようにさまよっては時間に力と金を注ぐ。観る方も、その爆発がいつどこであるのかチェックしておかないと見逃してしまうから、よくニュースをチェックしておく。それでスケジュールに書き込む。……つくづく演劇に人が来るのはすごいことだなと思う。どんな公演も、約束の膨大な重なりの上に立っている。

 

ツイッターがそろそろしんどくなってきた。情報過多の胃もたれ。あとスピードに追いつけないので普通に老いだと思う。前は、できる限り面白そうなものには行きたいという心意気でタイムラインを読んでいた。公演情報、アトリエ情報、読書会情報and more。嫌いじゃなかったけど、ツイッターに変わるスローさが欲しいと思った。瞬間を捕まえてパッと飛び出す力がない人でも低エネルギーでひょいといけちゃう場所みたいなのが欲しい。そう、例えばバーみたいな。めちゃくちゃつらくてしんどい夜、とりあえずコートを羽織ってそこ行けばいくらかマシになるだろうみたいな期待を寄せたくなるような。

芝居を観たいと思ったタイミングで、芝居がそこにあればいいと思う。必要とする人に必要とされたい。毎週日曜あそこで芝居があるってよ、って場所があればいい。「楽しい場に行きたい」、その気持ちと行動のタイムラグをできるだけ減らせるような場を作りたい。ツイッターをスクロールしなくてもいつもそこにあるから、逃げないから。タイミングが合わなくても、また来週行くかって所在への安心があるような場所が欲しい。

(書いてて、あ〜、多分これが、人が店を持ちたくなる理由か、と理解した)

 

私は一人でどれだけ動けるかよりも、誰と何ができるか、ってことを考えている。三人集まれば文殊の知恵と言いますし、一人で三時間考えるより、三人で一時間考えた方が絶対面白いものできるって信じている。そういう実験の場にしたいと強く思う。実験って手を出しにくいけど、次も、次もチャンスがあると思えば、ハードルは低くなるのでやり易くなる。

第1回目からめちゃくちゃ誰かと一緒にやりたかったけど、まず私という人間がどういうことができるかを一人で示さないといけない気がして、今回は一人芝居にしました。

でも二回目以降はぜひ誰かと一緒に作りたい。割とどのジャンルでもいける気がしてならない。映像できる人、楽器弾ける人、歌える人、書ける人、服作れる人、文字綺麗な人、絵が描ける人、容姿がめちゃくちゃいい人、照明できる人、大道具作れる人、ぬいぐるみ作れる人、詩をかく人、写真を取る人、コーヒーを淹れる人、料理する人、コレクションする人、メイクが上手い人、踊れる人、勉強できる人、どんな人とでも面白くなる気がしてならない。「わたし、何何が比較的できるんすけど、なんかやりませんか」ってお誘い、ぜひ待ってます。

 

告知するとき、めちゃくちゃビビった。でも、机上でぐりぐり作戦を練っていても、どうなるかはやってみないと分からないもんよね。

ツイッターに変わるスローさが欲しいとか老人みたいなこと言ったけど、毎回アツくてガチなものしか見せないという心意気です。ぜひ遊びに来てね。

 

鮃 2019.01.13

 

p.s.今年の目標:「めちゃくちゃ」という言葉を使わない