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あやちゃん

生きている感じがする体

雑誌FRaU9月号で、「柔らかさは美しさ」という特集が組まれていた。表紙には米倉涼子さん。読む。

目に止まったのは、「理想とする体とは?」という質問への答え。

“(中略)言葉で説明するのは難しいけれど、私が美しいと思うのは“生きている感じがする体”かな。調子が悪い時には、心と体が繋がらなくなってしまいますよね。魂が満ち足りているかどうかは、体を見ればわかるような気がしています」”

この「生きている感じがする体」という言葉に共感を覚える。そのページには踊る彼女の白黒の写真が載っているのだが、まさに「生きている感じがする」。動物としていきいきとしている身体がある。

人は、社会を構築し考える「人間」でありながら、ヒト科という動物でもある。身体はこの二つの性質を行き来する媒体とも言える。でも身体が帰属するのは動物としての人なのだと思う。(動く)身体があるということは、命があるということだから。

身体が社会のものになっている感じがする。社会に自分をうまく適合させるために、身体を変えるという流れがある。身体の線をコントロールするために、そのための食事を用意する。そのための運動をする。身体は、誰かに見られることを前提に変わっていく。「ボディメイク」という言葉があるが、直訳すれば「身体の化粧」。化粧するのはいいと思う。でも美しい身体というのはメイクではたどり着けない場所、もっと生っぽい、生き物としての私が、満たされている場所にある気がする。

最高の身体というものは、その人にとって機能的かどうかではないか。例えば私が必要とする機能は、疲れない身体とどこまでも歩ける足なので、最終的にそれさえあればいいのだ。自分の身体はたぶん自分らしく生き延びるためにある。

個人的に、素敵な生き方してるな、と思う人は、大抵生き物としていきいきしている。生き物としての人、の面がちゃんとある。季節がある食べ物を食べたり、風を心地よく感じたり、彼女らは当たり前のようにやるけれど、とても見落としがちなことだと思う。五感を鈍らせずに、自然の中に立つように生活する。そういう動物的な面を持つ人は本当に魅力的だと思う。

 

uo 2019.09.14