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ぱー
waimai
RisuPon
ぽ
メイ
あやちゃん

一番出口へ.1

(卒制への記述)

人に必要なのは、良き友人、ライバルと師匠だと、どこかで見たことがある。確かに一理あるかもしれない。張り合う人がいて、支えがあって、道しるべがある。三つとも「本物」を見つけようと思うと一生ぶんの時間がかかりそうだ。当てはまる人が一人でもいたら、それは本当に幸運なことである。

私の師はゼミの教授である。これまでたくさんの尊敬できる人間に出会ってきたけれど、ここまで自分の価値観の見直しのきっかけを与えてくれた人はいなかった。私の思考のベースは、中高で読んだ本が30%、演劇と演劇人との出会いが50%、教授の授業が20%であると言っても過言ではない。もはや畏怖の念を感じているので、いつも話すとき手が震えてしまうほど。まだ卒業まで半年あるからギリギリまでたくさんの話を聞きたいし、話をしたい。大学四年にしてまだ構築途中の土台である。これは遅いと思う?

前期の最後の授業で、教授は三つの大事な言葉を教えてくれた。それは教授オリジナルの思想で、教授だけの言葉で、生きてきた時間と読んできた本が凝縮したような重みのある切実さで、もし私が知っていたら誰にも教えたくないような美しい世界の切り取り方だった。だから簡単にここに書いてはいけないような気がするし、それが正しい気がする。

たくさんの授業メモの中で、でも一つ共有したい教授の言葉がある。

「歴史はアンチである」

強く肩を揺さぶられたような気持ちになった。コロンブスの卵だと思った。あ、かなわないな、と思った。前の学科で、「学生中にいくらでも教授を越えなさい」と教授方に言われたが、越えられそうにもない。「歴史はアンチである」なんて考えてみれば当たり前なんだけど、真理を言語化することほど難しいものはない。歴史への俯瞰的な態度と、アンチという存在へのまなざし。言葉の領域の広さ。差異を怖がらない姿勢。歴史は今も作られているという気づき。私自身、常にアンチしながら生き、アンチによって生かされている。

 

続きはまた今度

2019.07.23 uo