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waimai
RisuPon
ぽ
メイ
あやちゃん

進級展記録

進級展があったのでその記録。

展示をするのははじめてだったのでどきどきしたよ。以下、配布用に書いたテキスト。

 

起源をテーマに、コンウェイのライフゲームをモチーフにした作品を展示する。

ライフゲーム(Conway’s Game of Life)とは、1970年ごろにイギリスの数学者ジョンホートンコンウェイが発明したセルオートマトン(格子状のセルと単純な規則による計算モデル)の一種である。初めのセル配置時だけ人間は手を下すことができ、それ以降はライフゲームの規則に則って全てが自動的に決まっていく。
セルには生と死の二つの状態があり、いかなる場合でも周囲の環境(隣り合う8つのセルの状態)によって次の世代の生死が決まる。セルは過疎や過密によって死に、程よい環境の時に生存や生命の誕生が起こる。この単純なルールと未来方向へ流れる時間だけで、セルは有機的な複雑さを持ってライフゲームの宇宙を作り上げていく。さながら世界の有り様のようで、ニーチェが40歳の時に書いたという日記を思い出させた。

“この世界は、(中略)力と力動の戯れとして、一にして同時に「多」であり、濃密になるところがあれば希薄になるところがあり、自らのうちで疾走し奔流と化す海であり、永遠に満ち引きを繰り返し、膨大な年月を経て回帰し、それが生み出す形態は減少するとみせて横溢する”

また、セルの配置は主に4種類あることも述べておく。その場から動かない「固定物体」、何度か変形し元に戻る「振動子」、形を変えずに移動する「移動物体」、永遠に動き続けたり増え続ける「繁殖型」である。構造の大小、回線の多さはあるが、元を辿ればオンとオフの切り替えが全てを決定づけていることを忘れてはいけない。
この世界を、単にセルの振る舞いを楽しむシミュレーションゲームと呼びたくない。数学者のフォンノイマンは、「生命現象とは情報処理のプロセスに他ならず、生命の本質は自己複製にある」と述べている。そしてライフゲームは自己複製可能であることから、画面上の幾何学の世界と現実の人間世界は、大差なく同じ線上に存在しうる。
しかし、最も私を強く揺さぶったのは、どのセルも起源となるセルがあり、一番はじめのセルの起源は私であったということだ。セルは置かれたらあくまでも論理的に生き死にを繰り返すが、その起源は理性では辿り着けない直感や個人的な好き嫌いが形作っている。理屈や理由がなければ存在してはいけないような風当たりの中で、主観的で抽象的な想いや感情が源にあったことが肯定されていく。

2019 春

 

 

前の学科の授業で知ったセルオートマトンを使うあたり、しっかりデ情と空デのハーフだなと思った。講評で、「君の言葉はもう足りてるから造形を頑張ろうな」と言われて本当にその通りだな、この展示の一つを拡張して卒制に持っていくつもりなので応援してください。

進級して4年生になりました。余談だけど、大学に入ってから私はずいぶん口が汚くなった。特に「クソ」を覚えたのは、心を穏やかにしてくれる効果がありとてもよかった。もう、「クソ楽しい」「クソいいな」「クソみたいだな」など、この過激な言葉でしか形容できないことが多すぎるんだ。丁寧な言葉がいつも正しいわけではない。

 

(かわいい。この並びはグライダーと呼びます。右斜め上に進んでいく生き物。)

 

隠れたい気持ちが爆発したので名前を変える。いや全然隠れられてないし、頭隠して尻隠さずどころじゃないしA4のペラ紙に全身を隠そうとしてる。引きこもりたい、し、本名とそれにまつわる名前以外は、私ではないってことにさせて欲しい、探さないでくださいって置き手紙、結局見つかるんだと分かって逃げる時の胸のざわめき、違う場所で、違う名前で生きるのは難しい、私はズルくて悪い子だからいつも逃げたい、可愛く舌出してちゃっかりしてればいいのに、それができない、いい子でいられないから押入れに隠れてしまいたい、裏切ってばかりでごめん。

 

uo 20190415