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あやちゃん

雑記 / 美しさについて

これを初めて見たとき、うっかりめちゃくちゃ泣いた。

ミルボン スペシャルムービー 「鋏と笑顔」:Story01(字幕版)

「葉子さんってなんでそんなキレイなんですか」

すごく分かるな。今見返しても、このセリフにだけはやっぱり心臓がウッてなる。あどけない顔。単純な質問。奥でざわめく気持ちを抑え込んで、口にしてしまった羨望の言葉。

 

この世界には多様な価値観があって、一つじゃないから豊かであり、だから外見の美しさも人それぞれで良い。肌が黒くても、髪がウェーブしていても、目が離れていても、体が大きくても、身長が低くても、美しい人は美しい。海外のモデルさんの写真をみて、背景の青空によく似合うカリッと焼けた小麦色の肌と、天を仰ぐ大きなお尻、ボリューミーなロングヘアは素直にステキだと思うし、憧れさえする。渡辺直美さんのことを、キレイだと思う。誰かのことをブスと呼ぶ人を、冗談だとしてもマジで嫌だなと思う。心の底から、人間はみんなみんな美しいと思う。

 

でもこれは全て本音なのに、まるで遠い海外の話のようで、自分ごとにはならなかった。「人それぞれだから美しい」の言葉で、いつもみたいに簡単に感銘を受けれたらよかったのに。多様な美しさがあるのを承知で、でも私はただ一つの美しさを目指してひた走っていた。ずるいな。その基準は紆余曲折ありながらも、最後まで乱れることはなかった。それは、細くて長くて柔っこい髪の毛。長いまつ毛と、漆黒の目。瞳の色が映えるような真っ白な肌。夜じゅう雪が降って次の日の朝みたいな、誰の足跡もしみもない肌。耳も口も少し大きめがよかった。別にみんなと一緒になりたいわけじゃない。高校の時は眉毛を青くしていたし、でも王道のかわいいが一番好かれる外見なのをよく知っていた。そういう外見してないと対等に人間として扱ってくれない人がいることを知っていた。

 

 

私が出会ったのは、そばかすとくせ毛フェチの人だった。顔を覗き込む目は真面目そのもので、コイツは正気じゃないと思った。ストレートアイロンで髪をまっすぐにすると白けた顔をされ、天パを発揮して出かけると満足げに「もっと!もっとだ!もっとクルクルでいいよ!」とおだてられた。おだてられ続けた。私はもっと髪をクルクルにする方法を研究し(タオルドライした髪にムースをもみ込んで乾かすと見事ボンバーになることが分かった)、そばかすを強調するチークの入れ方を探し、それに合わせたファッションを考えるようになって、もうどんどんどんどん理想の美しさから遠ざかっていって、死ぬほど生きやすくなった。そしてなぜか自分にすごく似合う。なんだこれ。さようなら、理想の自分。私は今の自分がめちゃめちゃ好きだ。そばかすもくせ毛も、この目の色も大好きだ。

 

 

美というものは多分存在しなくて、それを美しいと思った時にそれは美しくなるのだと思う。いくら他人から羨まれようと、価値がないと判断すればダイヤモンドもただの石だ。なんだか製作の時に毎度思うことに似ているな。正直、フェチの人にここまで言われなければ変われなかった自分に愕然というか、情けなさも感じる。思っていた以上に観念は一つに深く根を張って、かたくなだったから。

 

美しさは色々でいい。そうなんだけど、でも難しい問題だ。自分の思う美しさの基準でさえも、本心かどうか疑わしくなる。自分の好みと自分の持ち物の違いに、うざいぐらいに翻弄される。難しい問題だ、ちっともたやすくなんてない。色々でいいから、答えもそのぶん色々あって悩んでしまうんだ。でも、みんなキレイだから。美しいから。どんなものでも好きになったら、美しいと思ったら、美しさだから。

 

ベランダで電話をする。重たい雲が空を覆っている。今年は梅雨が長くて毎日じめっとしている。満員電車は最低だけど、髪がよくクルクルするのはちょっとうれしい。「その人がその色やその癖を持って生まれたのは、それが一番その人に似合うからだと思う」と、やさしい声がする。

 

 

 

2019.07.06  uo