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10月13日/日記

いかがお過ごしですか。今日は普通の日記にしよう。

 

10月13日土曜日。窓を開けたら寒くてびっくりした。調べたら気温は16度らしい。どうりで。コーヒーを満たしたカップを、たまに思い出したように握りながら、これを書いている。

昨日の夜、「セッション」という映画をみて、血の騒ぎに耐えられず、勢いで夜の町へと走り出し、帰って勢いで文を書き、ゆで卵を作り、シャワーを浴びて、初めてゴキブリが部屋に出現して、友達に駆除に来てもらいゆで卵を贈呈し、布団に潜り込む頃には力がちょうどゼロになったようで秒で寝ることができた。

今朝起きたら「立ち止まるな、走り続けろ、俺より上手い奴は全員死ね!」とノートに感想文が殴り書きされている。主人公への感情移入がすごい。でもこの映画は、なんだろ本当に、今の自分の目を開かせてくれるものがあった。あの血だらけの手を思い出すだけで、頭がかあっとなって、脳内の鬼教授が「書け書け書けーーーーッッッッッ」と心を鞭打ってくるのだ。すごい。

そんな勢いもあって今日は朝からちゃんと書けた。私は、書くときはこうして書けるけど、書けないときは何も書かないので、コンスタントに毎日五時間書いてる某作家は本当にすごいなと思う。尊い。村上春樹のことです。

 

教授が「演劇はジャズ」とおっしゃってて、それは映像と演劇の違い、みたいな文脈の中で話してたんだけど、「そうか、演劇はジャズなのか」と私は承知した。それで「セッション」を見るに至った。

何度も思う。演劇を知るには演劇を知るだけじゃ足りない。授業で美術革命を扱ったときは意味が分からなかったけど、その意味がだんだんとわかってくる。舞踏もバレエも、能も歌舞伎も、映画も音楽も、心理学も、絵画も、ああ、果てしない。果てしないわ。

 

今年の夏はよくなかった。一人でなんでもできると思っていたので、一人でどこまで行けるか、一人でどんな演劇ができるか、試してみたくて東京から逃亡した。逃亡っていうか、まるっきり新しい場所に行った。そしたらあまりの変化に精神共々死んでしまった。今さら夏の反省をしてもしょうがないですが。

なぜ演劇をするかって、演劇をするためだと思っていた。でももう一つ、人と繋がってたい、っていう大きい理由があることを見つけた。一人でなんでもできると思ってた私は、一人じゃ何にもできないことを認めてしまった。成長なのか退化なのか分からない。だから私は戯曲を書くようだ。戯曲が私を誰かのところに運んでくれるから書くようだ。誰かに会うために書くようだ。はちゃめちゃに弱いホモ・サピエンスだな。うさぎにも負けねえよ。

演劇がずっと気になる。何をしていても気になってしまう。ぼんやり飽きずに考えられる。ずっとここにいたいよ。恋だろうか。恋かもしれない。

新しい戯曲を書いたんだ。

まだ見ぬ君に、はやく見せたい。

 

鮃  2018.10.13