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ぱー
waimai
RisuPon
ぽ
メイ
あやちゃん

15秒の景色のそれまでと、それから流れる時間

本屋で働いている。

近くには大きな大きな川があって、広い河川敷にはいつも遊ぶ子どもや家族の姿が見える。私のからだを運ぶ電車は、毎回その川の上をだいたい15秒かけて渡る。ゆっくり、15秒。眼下には河川敷。橋を渡ったすぐ先にホームがあり、降りて5分も歩けばバイト先に着く。

橋を渡る、その15秒の景色を眺めたくて、よくドアのそばに立つ。
電車が川に差し掛かると、小さなグラウンドぐらいはありそうな河川敷に、人のかたまりがいくつも見える。キャッチボールをするふたり、ピクニックをするであろう大人たち、夫婦、の目線の先にはふたりの走る子ども、高校生っぽい女の子たち、おじさんとおばさん。私の知らない世界で構築された関係の鱗片が、電車の速度で目の前をスローモーに流れていく。投げられた野球ボールは高く宙に浮いたまま、ピクニックをする大人たちはブルーシートの端を持って起立したまま、女子高生はその笑い声のまま、おじさんとおばさんは踏み出した足をあげたまま、私のどこかの記憶の引き出しにしまわれる。

そして車内。天気がいいお昼どきなんかは、大量の光が車内に流れ込んでくる。建物に遮られることなく日光がまっすぐに差し込み、川面にきらきら反射した光が、そのきらめきを残したまま車内の天井を輝かせる。何本もの淡い光の帯が、座る人の膝や靴をすばやく駆け抜けて行く。抱かれた子どもの髪を透かし、瞳にとどまっては宇宙のような光彩の一つになる。

15秒。光は川に帰り、電車は駅に、私は現実に。ガラスに映った自分と目が合って、電車を降りる。

 

バイトに行くたび、名前も知らない誰かの生活の一瞬を見る。向こうも向こうで、河川敷から走る電車を見上げて、私のことを一瞬見たかもしれない。車窓から見下ろした河川敷上の人間関係の一コマは、私にとっては断片的なものであるけれど、彼らにとっては長い文脈の一部であるということを忘れたくないな、と思う。向こうはどう思っているんだろうか。

道にキュウリが落ちてる。宙に浮いた野球ボール。コンビニのビニール袋が空を高く舞い、ブルーシートの端を持って起立。突然泣き出したテメエ。それから女子高生の笑い声。知らない虫刺され。踏み出した足。バグったような、春の雪。

こうしたことに救われる感覚を知っている。生活のリズムを崩してくれるようなノイズに自分を重ねて、生きていけるときがある。生きていける。でもそれと同じぐらい、この無意味でかけがえのないノイズにもきっと物語があるんだろうなと思う。私の見えないところで。物語は蛍のひかりのように、すーっとなめらかな尾を引いている。

切り取られたものが歓迎されている感じがする。パズルのピースは個々として自立し、一人で歩けるようになる。景色は刻まれるし、私はその景色の一片を味わって、満足してしまう。物語は章へ、章は段落へ、段落は文節へ、文節は単語へ、細かくなっていくように。私はたぶんそれを戻していきたいんだと思う。単語で世界を読みたくないし、単語じゃ理解できないと思うから。単語を文節へと、文節を段落へと、段落を章へと、章を物語へと。繋げて、くっつけて、結んで、流れと呼べるぐらいの線的な感覚を持って、話がしたいよ。

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それは夕方。帰りの電車が川に差し掛かると、空はうっとりと両手を浸したいほど美しいピンクブルーのグラデーション。一日の終わりの星の傾きは、ごうごうと燃える夕陽の茜色と、昼の名残の水色との境界線を曖昧にする。夕焼けは空のすみずみまで色を満たし、私の心の果てにまで手を伸ばそうとする。

バイトから帰ってきて、その夜、突然同級生の友人が訪ねてきた。インターホンに映る彼女にびっくり、玄関先に立つ大荷物の姿にまたびっくりした。学校に荷物を回収しに行った、その帰りだという。「渡したいものがあって」と彼女。ミモザのリースと手紙、いつかの誕生日プレゼントを次々に手渡されて、慌てて「お茶してかない?」と部屋の中へ招いた。

久しぶりに会ったけれど、きゃらきゃらと笑う感じは変わっていなくてなんだか安心した。ティーカップが空になって、しっかり乾ききるまで長く話した。その子が帰った後、なんとなく二つのカップを片付けられなかった。ミモザのリース、この部屋に飾られるまでの彼女のこれまでと、手渡されたこれからの私のこと。結局テーブルの上をそのままにして眠って、また朝がくる。

 

 

uo  2020.03.28