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ぱー
waimai
RisuPon
ぽ
メイ
あやちゃん

3時

1 3時

夢の中で、誰か親しい男の人と話しているところだった。私たちはテレビに流れる、ある中学校の組体操のニュースに釘付けになっていた。満面の笑みのアップの映像。どうしてか右手にも、同じ内容の記事が載った新聞が、ぐしゃぐしゃに握られていた。私たちは繰り返し流れるニュースを見ながら、今作っている演劇について話した。私が、「この組体操、使える」と言ったら、「俺はこういう余計な勢いがあるの、嫌いだわ」と彼は言った。「いいじゃん。こうやって力を合わせて、『わーっ』って叫んで」

自分の声で目を覚ました。私は布団の中で丸まっていて、親しい男の人は隣にいなかった。しんと暗い部屋の中に、寝ぼけた声で発せられた「わーっ」の余韻がまだ伸びているようで、嫌に気まずい思いがした。体はあたたかくて、寝不足のせいで全身がむくんでいる気配がした。まだ夜だった。
つめたい空気を吸いたいと思った。布団から這い出て、立ち上がり、そっと窓を開けてベランダに出た。まだ夜だった。白まない空に欠けていく月と星が並んでいた。その時ちょうど向こうに見える道路に、新聞配達のバイクのライトが赤く光るのが見えた。バイクは暗闇の中を真っ直ぐに走りだした。赤がスーッと線を引いていく。街灯の下あたりでバイクは左折の為のウィンカーを出した。誰もいないのに、正しくウィンカーを出しているその人に、どうして、と尋ねたかった。今は私しか見てないけど、私は全然いいよ、と勝手なことを思っていたら、闇の中にかぼそく明滅する赤は、道を折れ曲り見えなくなった。氷のようなベランダの手すりに頰をつけてそのままじっとしていた。
新聞配達ってことは、今は4時とか5時とかかな。部屋に戻って、窓を後ろ手で締めると、電気の紐があるはずの宙を懸命にさぐった。うちの電気の紐は短すぎて、背伸びをしないと十分につかめないのだった。やっと指先が触れ、その勢いでかかとをおろし電気をつけた。痛いほどの白に目がやられて、しばらく視界に薄いジャギーがかかる。顔をあげると、夜の3時だった。

寝ようにも眠れないから、読みさしの本を散漫な意識でつっかえつっかえ読んだり、水を何度も飲んだりしていたら、この時間になった。やっと朝が来るそうだ。布団を軽くたたんで、靴下を履いてパソコンに向かう。もう寝なくていいらしい。うれしい。最近夢ばかりみるから、眠るのが少し嫌に思う。部活で疲れて泥のように眠る、気づいたら新鮮な身体と一緒に朝が来ている、健全な眠りを思い出せない。

 

 

2 緑色の眼

昨日、荒悠平さんと大石真央さんのダンス公演「400才」をみた。

静かで、裏切りがなくて、やさしくて、強い事象を扱っていないからこそ作品としての強度がよくわかるような、本当にいい公演だった。アトリエを出た時、景色の見え方と、身体の動かし方が変わった。私は公演の余韻を断ち切れずに、夜、布団に潜り込むまでの全ての行動を、ゆうっくりとゆうっくりと行ってしまった。ぎゅうぎゅうの中央線のつり革につかまりながら、反対の手をじっと眺め、親指から小指まで一本一本、ゆっくりと折っては伸ばし、折っては伸ばしとしていたら、前に立つ女性が怪訝な目をしていることに気がついて、これまたゆっくり手を引っ込めた。
いい作品をみると、気がつかないうちに身体が乗っ取られていることがある。しばらくそれしか考えられなくなる。登場する彼と同期したいと思う、同じ瞳を通して、世界を見たい、踊る理由を分かりたいと思う。静かでやさしくて、燃えるような緑色の眼が、しなやかな背びれを持って、まだ脳裏を泳いでいる。
私はこの公演を、きっといつまでも覚えているだろうと思った。100年に一度、400年に一度ではなく、季節の始まりの香りごとに、コーヒーの香りがするごとに、誰かに手紙を書くごとに、楽しい気持ちの時にする大きな音に、目の前で子どもが転ぶ時に、いちいち、あの緑の瞳のまなざしを思い出すだろう。

 

2019.01.27 鮃