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ぱー
waimai
RisuPon
ぽ
メイ
あやちゃん

一瞬で過ぎ去ってしまうとしても

春は、まるでもうすぐこの世を去ると知ってからみる世界のように全てが美しく見えてしまって、どうしようもなく切なくなる。

色とりどりの花があちらこちらで咲いて、桜の木は重たそうに花を揺さぶり、花びらはキラキラと散って、散った花びらを生暖かい風がくるくると巻き上げる。

でも、もう私はこの風景が一瞬で過ぎ去ってしまうことを知っているから

去ってしまう前にすべて目に焼き付けておかないとと、必死に目を凝らす。

綺麗の隣には絶対的に終わりがあって それをわかっているから 綺麗なものを見るたびに悲しくてやるせなくなってしまう。

だから春はしんどくって、苦しい。

 

三月の末に出演した舞台の稽古場が本当に楽しくて久しぶりに何故自分が演劇が好きだったのかを思い出すことができた。

同じシーンを何度も稽古していって、同じセリフを繰り返して重ねていく中でそのときそのときの気分や体調、気温によって会話の意味や音色や重さが変化する。

でもずっと積み重ねていると型のようなものできてきて、それは積み重ねるたびに固まってきてしまうから、もっともっと体を楽にして、集中して相手の言葉の音を隅々まで取りこぼさないように聞く。すると相手の言葉の端からほつれた糸が出てきて、私がその糸を掴んで引っ張るとその固まった会話は一気に崩れる。その会話がほぐれて崩れる瞬間をつかんでやりとりするのが楽しくて、そのために言葉を一つ一つ相手の元に置いて交換こしながら重ねていく。

そのときに生まれた会話はもう二度と同じように繰り返すことはできなくて、生まれたら二度と戻らない瞬間として死んでいく。それはどこか儚いけれど、その時にだけ生まれた一瞬のやりとりが他の何にも変えられないほど楽しいから、幸せだから、その一瞬のために自分の体の状態を整え、空気を感じて、会話する相手の言葉をよく聞いて、湧き出たものに従って言葉を置き続けている。

演技をしているときに限らず、普段生活しているときも決まった場面だったり決まった人だったりすると自分から出て来る言葉が自分の体とは別の、無意識で口ずさむ歌みたいにボロボロと吐き出ているときがある。その時は喋りながらこれは一体誰の声?と心の中で思っているんだけれど、そうならないようにきちんとその場に立って私が、私が喋っていると認識して意識した状態で会話をすること。常に吐き出す前にそれを思い出して立ち止まってから会話ができるようになりたい。脳みそも身体も声も全部が一致してその場にいる状態で常にいたい。喋っているうちに全然違うことがこびりついて離れないことがしょっちゅうだから、余計な心配とか欲望とか全部拭い消す修行がしたい。もっともっと演劇をしていたい。表現する人でい続けたい。今になって切実にそう思うようになって、でも隣にはそれを許してくれない現実があって、今はとっても苦しいの。それでも踏み切る勇気が湧き切らない自分も情けなくて苦しいの。

私はいつだって偉い子であるよう育ってきたし、頑張った先にきっと見返りはあるって思っていたけどそういうわけでもないって知った。

みんな自分の好きなように生きていて、頑張りは利用されるだけのことが本当にたくさんあるって知った。

何かと期待されることが多くて、ずっとそんな自分を少し誇りに思っていたはずなのに

それを知ってからはなんだか馬鹿らしくなってしまった。最初っから期待なんかされず、頑張らず自分のできる範囲のことだけやっていた人の方が賢い。期待してほしい人のそばでだけ頑張ればそれでいい。そう思って見ても、今度は自分がひどく冷たい人間のように感じて凹む。定まらない。自分がこれでいいと思う位置にずっと定まらない。多くの人はそこらへんもうとっくに乗り越えてきているのだろうか。今ここで立ち止まってしまっているのは、空っぽのまま用意された道をただただ歩んできたことが仇となってしまったのだろうか。

 

楽しいときに心の奥底から楽しむと、楽しみが終わってしまった後の切なさに耐えきれないから、本当に楽しいとき、楽しいという思いをできるだけ抑えるようにしてきた。

でもこの前の舞台の打ち上げのときに共演者の方が撮っていた動画に映る自分の歪んだ笑顔に悲しくなってしまった。いつからこんな顔して笑うようになっていたんだろうか。

 

 

そんなに美しかったら散ってしまうのが悲しくてたまらなくなるから、最初から咲かなければいいよ。そしたら誰も悲しくなったりなんてしないよ。その代わりその美しさを知ることもないけど。どっちがいい?

できるだけ傷つきたくなくって、ずっと最初から咲かせないようにしてきたけれど、本当はどんなに苦しくなっても傷ついてもいいから散っていく桜を一瞬だとしても見ていたい。一瞬の美しさを選ぶ人のそばで、一瞬の美しさを選ぶ人であり続けたい。

 

どうか引っかかりなく素直に生きれる道に私が、みんなが、進んで行けますように。

 

 

2019/4/15 あやちゃん