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メイ
あやちゃん

生み出すということ

無責任な作品は罪になる。

作品を生み出した以上は、もしかしたらその作品が自分の知らないところで誰かを殴ったり傷つけたりするかもしれない。

でも生み出したのは自分だから、できるだけそんなことが起きないように全力の配慮を尽くし、せめて傷つけてしまうがあってもそこには意味があるように、無駄な殴り合いにはならないように大切に慎重に丁寧に育てていかなきゃいけない。

自分の生み出したものに対して少しでも悪く言われたら自分自身のことを言われているようでひどく傷つくけれど、それでも受け止めて、受け止めて、受け止めて、多くの人に届けるためにたくさんの言葉に耳を傾け、恐怖から逃げ出さず戦い続けなければいけない。

失敗してもいい。手を尽くし、頑張って向き合い続けた結果がダメだったのなら仕方のないことだ。でも失敗したのなら反省し、どうしてそうなったのかを考え続ける責任がある。そこで諦めたり開き直ってしまったら罪になるのだと思う。無意識で傷つけてしまった人がいたのなら、気づかなかったことに対して改めて向き合って行かなくちゃいけない。

それができないのなら生み出してはいけない。これだけの覚悟がないのなら生み出してはいけない。

現に私のゼミではゼミ公演が打てなかった。誰にもその公演の責任を負う覚悟がなかったから教授によって強制終了された。

でもそれが、その時の私たちにとっては最善の結果だったのだ。

まだ学生なんだからとりあえず手を動かして作ればいいなんて言っていてはいけない。全員最低限の責任は持て。無理だと思ったときにやめる勇気だって必要なんだ。

無責任なものを生み出してしまうよりはよっぽどマシなことなんだ。

これまでの自分に後悔している。あの時止めなかった自分にも後悔している。

 

いつか外部の劇団で、舞台美術を他所の大道具の方にお金を払って頼んでいたことがあった。そしてその出来上がってきた舞台美術を見て愕然としたことを今でもよく覚えている。その美術がその舞台の中でどんな役割を果たすのかなんて微塵も知らないであろう雑でテキトーな、一応頼んでいたその物の形にだけなっている小道具だったから。

頼まれたから作っただけの空っぽで最低のそれを観て絶対にこんなもの作り出す大人にだけはならないと誓った。作品だろうが仕事だろうが自分から生み出し、他の人の目に触れたり、誰かの作品の一部になるものに対して、捨てられても傷つきもしないような作品絶対に作り出したりなんてしない。

 

こんなこと、ものを作る上で言うまでもないようなことだけど、最近そんなすごく当たり前のことが失われている作品ばかり観てしまって憤りが止まらない。

もう二度と、あんな想いを誰にもさせないように。

 

 

2019/4/26 あやちゃん