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メイ
あやちゃん

4ヶ月間の記録

4ヶ月ぶりの投稿。

この4ヶ月、ぎゅぎゅぎゅと朝から晩までスケジュールがぎっしりの毎日が続いてそれが終った1月の末、一度ゆっくりしようかと思ったけどやらなきゃいけないことは果てなくあって、でも力が入らなくて午前中がなくなる毎日が続いて、でも眠ることへ罪悪感はあって心が全然落ち着かなくて。今はちょっと苦しいけれど、一つ一つ片付けて4月くらいには一旦ゆっくりしたいなと考えながら過ごしている。

投稿したいことがたくさんあって、何度か試みたものの、もっと気楽にポンと1つ1つ出していけばいいのにそれができなくて溜まりに溜まってしまったから、今回はこの4ヶ月を写真も交えながら振り返る投稿にしようと思う。

 

 

10月。初めてのヨーロッパへ。

ゼミの教授が「奴婢訓」を上演することになってそれを見に行くためにゼミの有志で二週間ほどポーランドに行くことになった。

できるだけ安い値段でいくために、行きはタイとデンマークで乗り継ぎをして、36時間かけて日本からポーランドへ向かった。

それぞれの国ごとの匂いが違ければまとわりつく空気も違くて、ルールも人柄も違う。それぞれその国に合う積み重なった生活があって、出来上がっているその国の毎日に、違う毎日を過ごしてきた私は全然慣れることができなくって、水1つ買うにも喉を通るか心配だったり、2週間ずっと不安で落ち着く瞬間がなくって気疲れした。

でも街を歩いているとそこら中で生演奏が始まり、芸術作品を売っている店がたくさんあって、テーマパークでもないのに風船やシャボン玉が浮かんでいる。ご飯も美味しくって目に入るもの全てが可愛くって街中が絵画の世界のようで、近いうちにまたヨーロッパ巡りをしたいなと思った。

 

ポーランドの街は少し地味だけれど建物1つ1つに歴史を感じてウキウキした。まさに映画で見るような建物が街中に並んでいて、天気はずっと曇りか雨でどんよりしていた。

 

 

 

夜になるとお店は全て閉まり、ポツポツとお花屋さんが現れる。

そこにスーツを着た男性がバラを1本買って帰ったりしていた。そういう習慣があるんだろうか。その花を渡す瞬間、もらう人のことを想像して気持ちがホクホクした。

ポーランドのソポトという観光地。海があって、この砂浜で琥珀が取れるらしい。30分くらい探しながら歩いて見たけど見つからなかった。

途中、飛行機で2時間くらいで着くからとオランダにも行った。ポーランドに比べるととっても華やか。川に沿ってたくさんお店があって、人も多く全体的に賑やかな印象だった。

 

タバコ吸いながら川で釣りしてるおじさん

 

 

ポーランドのワルシャワには街のいたるところに小人がいる。

 

ポーランドで観た奴婢訓は武蔵美の美術館で観たときよりももっともっとエネルギーが増し、圧巻だった。

やっぱりもう二度とこんな演劇見られないと思った。ポーランドは大きい劇場が2つしかなくて、観に来るお客さんはみんなドレスアップしている。観劇中は日本ほどカチッとしていなくて開演時間はめちゃくちゃ押すし、何か食べながらでもいいし見えなかったら席を立ったり移動したりして自由。周りの見る人の集中力はかけてしまうけれど、日本で演劇を見る前の独特な緊張感がとても苦手だから、あの自由さは私には心地よかった。奴婢訓の見たこともない演出の数々に観客はみんな立ったり座ったりして釘付けになっていた。

1つ1つのシーンのインパクトがとにかく強い。役者の身体と小竹さんの作る機械が見たこともない世界を作り上げていて圧倒されて40年ほど前に生まれたアングラ演劇をポーランドという国から呼ばれて上演するまでになったこともめちゃくちゃ熱くてそのことを想うと感動して涙が止まらなくなった。やっぱり演劇がすごく好きだよ、巻き起こるスタンディングオベーションに包まれながらポーランドまで見に行って本当に良かったとおもった。

 

 

11月。シアノタイプ

 

すごくきついことがたくさんあった公演だった。

誰かを救う演劇を作っていたはずなのに、誰かを傷つけながら作ったのならそれは矛盾しているんじゃないかなって

でも最善の作品を届けるためには時にはどうしようもない決断をしなくてはならないことだってあって

どうすればいいのかわからない瞬間の連続だった

たぶん全員が苦しんだ末に出来上がった作品で

本当にたくさん泣いたし、たくさんの涙をみた

でも誘ってもらえたこと、最後まで参加できたことにすごく感謝していて

あの物語にこれからを肯定してもらったし、水ちゃんというキャラクターがまさに私のありたい姿で、好きなことにまっすぐに突き進み、好きな人が好きなことをしている横顔をそばで記録し続けたい。

私の中に水ちゃんという一本の軸ができて彼女の存在がこれから私が立ち止まった時、振り返るといる大切な存在にきっとなっていくと思う。

 

 

12月、1月。卒業制作

 

「ほころびを溶かす」

私は高校3年生の秋頃から駅前のドリヤン洋菓子店でアルバイトをしていて、その頃のお昼間は近くの体育館でテニスやバドミントンをしているおばさまたちの帰りの拠り所だったり、トーストのモーニングセットがあったから近所のおじいちゃんおばあちゃんが毎朝食べにきたりしていて、日中はかなりバタバタと忙しかった。夕方になると高校生がパフェを食べにきたり、ケーキを買いに来る人もなかなか途切れず隙間を縫うように掃除をしたり片づけをしたりしていたのにいつからかだんだんとお客さんが減って行って、ショートケーキのイチゴを半分にしたり、一度は喫茶室を閉めてケーキ販売だけにしたりして。でも常連さんからコーヒーだけでもいいから喫茶室を再開させて欲しいと熱望されて再び手前側半分のスペースで喫茶室を始めたのが最近の話。

この4年間たくさん私がここで見届けてきた景色を、リアルな感情を、全部残したくて、ずっと前から卒制のテーマはこれにしようと決めていた。誰かが亡くなったり近所のお店がなくなったりする度にみるマスターの寂しそうな瞳、長年の月日が生み出した常連さんとのコミュニケーション、お仕事帰りに自分へのご褒美にケーキを1つだけ買って帰るお姉さんのほころんだ顔、小さい子に割れたサブレをプレゼントするマスターの姿、近所の定食屋さんのマスターが毎晩夕飯を作って届けてくれて、その度に競馬の話をする二人の姿。

愛おしくてたまらなくて、大切に、忘れずに残しておきたかった。

日に日にマスターの顔から笑顔が消えて行って、バイトから上がる少し前の時間には眠ってしまうようになった。お店を締める話をよくするようになった。振り返ると4年間で驚くほどお店は変わってしまった。疲れ切ったようなマスターの姿を見るのはもう少し苦しい。

でも時の流れにはどうしても抗えないから。

ねえ、マスター。私もすごくさみしいよ

って伝えることしかできない。このさみしいを精一杯どうにか形にしたかった。リアルなうちに、過去になってしまう前に。

 

でも2人での卒業制作は本当に大変で何度もめげそうになった。

卒業制作という一生に一度の大作を自分1人の考えだけで作れないことはたくさんストレスを生んだし、2人の力が合わさったものを作らなければならないプレッシャーもあった。

でも本当に暖かくて楽しくて賢くて優しい、これ以上ない人たちに支えられ乗り越えられた。明確に1人1人それぞれに救ってもらった瞬間があったから、誰か1人でもいなかったらと想像するとゾッとしてしまうほど。本当に恵まれていた。この人たちとやるためにこの4年間があったんだと思った。大変なことばかりで申し訳ないこともたくさんあったけれど、幸せな卒業制作だった。

 

私は3月までドリヤンで働いて、卒業します。

ずっと続くものはないから。卒業する前にも、卒業してからも、ケーキ食べにきてね

 

2019年10月ー2020年1月までの4ヶ月の記録、終わり。

 

2020/2/5 あやちゃん